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投稿者「staff-ari」のアーカイブ
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アウト!!セーフ!
皆さん、こんにちは。病棟看護師の吉田です。
先日、抗老化(アンチエイジング)についての番組を見ました。予防医学として抗老化の最新技術も取り上げられていました。なんだか私は、『長寿はどこまで伸びるのだろう、若さを望んでいるのだろうか、不老不死を願っているのだろうか』なんて考えました。そんなことを思いながら、お風呂上がりのスキンケアに、化粧水の瓶を手にとると『エイジングケアシリーズ』と書かれていて思わず苦笑しました。
90才代女性のsakaeさんは、心不全を患いながら家族と自宅で暮らしていました、脳梗塞で転けたことをきっかけに、食事を含む日常生活のほとんどに介護が必要となり入院してきました。
sakaeさんは、とても難聴で、足はむくみで腫れ上がり、腰はずいぶんと曲がっていました。寝ている体勢が辛かったのか、前医では大きな声で「起こして、起こして」と繰り返していたようです。入院してすぐに大きなクッションで寝心地の良い体勢に、車椅子では座り心地が良いように、sakaeさんと一緒に工夫していきました。あっという間にsakaeさんは、「よい、よい、」と言い、sakaeさんらしい会話が増え、自分で食事も摂れるようになりました。
sakaeさんは、いつも子供や孫の名前を順番に呼んでから、「みん~~ないい子」と独りごちるのです。(微笑)
小柄なsakaeさんの手があまりに大きいので、私は自分の手を差し出してみました。sakaeさんは陽気に、「手、大きいでしょ、グローブみたい、アウト!!セーフ!」と、手を振りながら言い、娘のお婿さんが野球の審判をしていることを嬉しそうに話してくれました。何度も「アウト!!セーフ!」をしてくれる手は、大きく温かくしわしわです。
挨拶のときsakaeさんは必ず、私の腕を寄せて肩の名札を読みます。「吉田さん、長いことお母さんに会ってない、元気にしてますか?わたしはこんなおばあさんになりました。大きい声でごめん。お母さんとは10才離れ、そろそろ100才?」「吉田さん、今日は9時から5時まで仕事、よう頑張っとる。風邪引いたらあかんよ。」と声をかけてくれます。sakaeさんにとって私は、古いお知り合いの吉田さんの娘さんのようです。(嬉笑)
ある朝、ミャンマー国籍のスタッフがsakaeさんに挨拶していました。sakaeさんは、いつもと同じようにスタッフの腕を寄せて名札を読み、「ルインちゃん、ルインちゃん、いい名前、いいお父さん、風邪引いたらあかんよ。」と、二人は楽しそうに話していました。ルインさんが立ち去った後も「ルインちゃん、ルインちゃん、いい名前、次はそうしよう、ルインちゃん、ルインちゃん、ルイン子???」と独りごち。(笑笑笑笑)
ショートカットの似合うsakaeさんは、本人の言う通り、すっかりおばあさんで、お顔も手もしわしわです。だけれど羨ましいほど素敵で魅力的なのです。
いつも良くしてくださる先輩から頂いた葉書に記された詞
金色に映える朝の雲
新しい何かが始まる
自然なあなたの微笑み
あたたかいユーモアに
心なごむ人のためにも
ゆとりある年にしたい
みどり
(川嶋みどり:看護詞花集-小さなことばから あなたの物語を)
「わたしはこんなおばあさんになりました」
いつか私もなれるかしら。

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「いい音、いい声、」
皆さん、こんにちは。病棟看護師の吉田です。
病棟でXmas音楽会を開催しました。杖で歩行器で車椅子でと42名もの患者さんがフロアに集まりました。病室では9名の患者さんが、響く音色に耳を傾けていました。
病室のドア付近まで移動しているベッドがあります。ベッドの頭側を少し上げてフロアをみている90才代女性のsadakoさんは、心不全を患い、食欲がなくとても痩せています。疲労感が強く一日を眠って過ごすことが増えました。また、お話ししたことや、家族と面会してとても喜んでも、一時を過ぎれば忘れてしまいます。
sadakoさんの手元には、プラスチックでできたとても軽いマラカスが置かれていました。sadakoさんは、そのマラカスさえも持ち上げる力がなくなっていました。♪きよしこの夜♪ジングルベル♪の曲の間、リズムをとろうと差し出した私の手を、sadakoさんはぎゅっと握り、何度も何度も「いい音、いい声、」(微笑)と囁きながら一緒に歌っていました。とても安堵した様子でした。
私は、sadakoさんに手を握られるたびに、そして視線を交わすたびに胸が熱くなり、目が潤んでしまうのです。sadakoさんの苦痛が消えていることに安堵したのは、私の方だったかも知れません。
その日の夕刻、夜勤のナースが「今日は、歌を歌ったのですか」と声をかけると、sadakoさんの「いいえ」と話すのが聞こえました。忘れてしまってもいいのです。
いつも面会に来られる娘さんの、「お母さん」と呼びかける声をきいたときと、お孫さんのお顔をみたときがsadakoさんにとっては、とびきりの喜びなのです。満面の笑みになるのですから。

Xmas音楽会に向けて、さまざまな準備をしてくれたスタッフに感謝します。なによりも、すべての患者さんに届けたいという思いに共感してくれたことに喜びを感じています。
私が今夢中になっていることは、編み物です
インスタで毛糸で編んだブランケットを素敵な花束に見せる動画を見て、感動したのがきっかけです。
特に3人の孫たちのために何か心を込めて編んであげたいと思っています。
まだ超初心者ですが、頑張ります(笑)
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令和7年度 兵庫県委託事業 兵庫県4DASフォーラム「4DASをケアに活かす極意」
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合掌
皆さん、こんにちは。病棟看護師の吉田です。
90才代女性のkinukoさんは、病院での長期療養をしています。私が今の病棟勤務となった時にはすでに療養中で、それから2年半になろうとしています。
出会った頃のkinukoさんは、歩けないけれど、ベッド柵を持って立てていました。口数は少なく、お話するのもゆっくり、動くのもゆっくりでした。おはようございますの挨拶、お食事の配膳と下膳、体の清拭、おトイレの手伝いなど、お世話をしてもらう度にkinukoさんは、胸の前で手を合わせるのです。自然と私も手を合わせて返事を返します。時折、一人で念仏を唱えていることもありました。
半年前頃より、少しずつ食欲が減り、できることが減っていったkinukoさんは、意識がうすらいでしまいました。面会制限が続く中、お孫さんの面会を勧めることにしました。家族が毎日面会に来ていると、kinukoさんの笑顔が戻り、好物の餡子の差し入れを食べられるようになったのです。餡子をちょっぴり食べすぎてお腹が痛くなったこともありましたが(苦笑)、少しの食事や補食のゼリーを食べるようになりました。
kinukoさんは老いが進み、自分で寝返りさえもできなくなっています。それでも、朝「おはようございます。(合掌)」と声をかけると、布団の中からゆっくりと手を出して、手を合わせるkinukoさんの姿は、出会ったときとなにも変わらないのです。
kinukoさんの合掌『有り難い』の生き方に、老いても穏やかなヒントがあると感じるのです。

私の夢中は大衆演劇の鑑賞です。
50歳の時、両親、主人と3人が病気で続けて亡くなり、凄く落ち込んでいた時、末娘が勧めてくれたのが大衆演劇でした。
それ以来、ハマってしまい娘と遠征にも行ってました。
今では月1で孫たちと新開地劇場へ行くのが楽しみです
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世代間交流 グラウンドゴルフ大会
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【絆カフェ】12月 定期開催
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人的資源の活用
看護管理研修 第8回
日 時
令和7年11月21日 13:00~15:30
主 催
師長会
研修テーマ
人的資源の活用
講 師
関西国際大学 保健医療学科 看護学部
梅田 智子先生
目 的
人材育成のスキル、組織として取り組む教育を学び看護管理者としての役割を身につける
具体的な研修内容
すぐれた人材の育成
よりよい人間関係を作るスタッフへのかかわり
効果的な人材の活用
人的資源管理を行うための法律
人事システムと賃金体系

先月の宿題!
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地域の方々と健康を語る
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たべなきゃ、たべなきゃ
皆さん、こんにちは。病棟看護師の吉田です。
99才女性のtakakoさんが入院してきました。takakoさんは、難聴で視力もほとんど無くなっていました。そして、前医の入院中に癌が見つかり、足はむくみで腫れていました。家族は、本人へ告知しないと決めていました。
入院翌日、息子さんが面会に来たとき、takakoさんは息子さんに支えられながら私に、「リハビリをしたい。百歳まで2か月です。百歳のおばあちゃんと聞けば、皆さんは寝たきりだと思うでしょう。死ぬときは確かに布団に寝ているでしょう。だけど私は、それまでは自分で歩きたいのです。」と話し、伝い歩きや屈伸運動をして見せてくれました(微笑み)。しかし、動けば翌日の疲労が強く、「寝かしておいて」と言い、起き上がれないのです。takakoさんの希望を聴きながら車椅子に座ったり、ポータブルトイレを使ったりしていましたが、日ごとに寝ている時間が増えていきました。
そしてtakakoさんは、起き上がることがなくなり、食事をするのにも介助が必要で、食欲にムラが出るようになっていきました。
私が食事の介助をしたある夕食、takakoさんは、「たべなきゃ、たべなきゃ、あと2か月」と呟きながら食べていました。内心私は、無理して食べなくてもと思いました。そんな時思い出したのです。自宅で闘病している癌末期の寡黙な男性に対し、いつも訪問している看護師が、彼の苦痛や苦悩を察し、「頑張らなくていいのですよ」と声をかけたとき、彼は人生を登山にたとえて、「私は今も登っている」と応えたことを。
私は、takakoさんの思いを大切に受けとり、静かに食事のお手伝いをし続けました。「ごちそうさまでした。」の声かけに、takakoさんは、「ありがとう。」と返してくれました。
私は、最後までtakakoさんの力になれたでしょうか、お役に立てたでしょうか。問いはこれからも続きます。

趣味のカメラで、家族、お花、車の写真を撮ることに夢中です
3人目が産まれてから、ますます写真を撮るのが楽しくなってきました!
もっと色々な場所に出かけて、思い出をたくさん作りたいです。






